液を〝愛〟と形容してみた
※中|原|中|也 命日 追悼 10/22
※例に依って中原が患っています 詳しいネタは後日掲載
※バッドエンド
※原作8巻うっすらバレ
『一寸、やべェかもなァ……』
絞り出すような中也の言葉に、私は逸る気持ちを抑える事しか出来なかった。文面に込められた気持ちは生半可なそれではないだろう。数年、いや十年以上の付き合いの私達だ。気付かないことも、踏み込まないことも、見捨てることもして仕舞ったけれど、でも。
「……ッ」
心臓を鷲掴みにされたような感覚。全身に寒気が疾走る。感じたくない、厭な予感。大概私に此の症状が訪れた時は、必ず後には至極最悪な結果が待ち侘びているのだ。
知ったことか。中也は今、私を頼って来たのだ。相棒で、誰より傍で理解して来た、私に。辛くて辛くて、息絶えるのだってそう遠い噺じゃァない。
冷汗が吹き上げる。視線が泳ぐ。歯を食いしばった。意を決して立ち上がった。足元が覚束なかった。
社員寮を出て、何処を如何走ったか覚えていない。只、只管に中也の影を追い駆け続けた。
あの日も、此れ迄も、そうだった。私が居たから、中也は死なないで済んだんだ。汚濁を止められるのは、此の私以外に誰が居ると云うンだ。私の此の、お世辞にも綺麗とは言い難い掌は如何やら、万人を救えるかもしれなくて。折角救える異能なのに、私は誰一人、救えてはいない。其の現実が、私の心を締め上げた。
上がる息を整える事もせずに、私は中也が入院している病院へと駆け込んだ。其処には既に、こと切れているようにも見える中也の姿があった。理性の糸がぷつりと途切れる音がした。
「……中也」
切れ長の、焦点のない瞳が、私をじっと見つめた。咎められている子供の気持ちだ。呼ばれて此方を振り向いた中也は今にも眠って仕舞いそうで。儚ささえ感じられる。
中也は私に気が付くと、泣き出しそうな、満足しきった顔で、こう呟いた。
「悪ィな太宰、隠す心算はなかッた。——本当に、済まねェ」
切れ長の瞳がすうっと閉じられる。込み上げる脈絡のない叫び。嬌声。悲鳴。押し殺しきれない感情が、堰を切って溢れ出した。こうも、私は周囲の人間を損なうのか。私より余程、人間らしい彼等が如何して、私の目の前から消えてしまうのか。
中也だって、私に謝りたいからって神経を研ぎ澄ませ過ぎて、息を引き取って仕舞ったのだろう。だったら、信用されていないとしても。せめて、形だけでも。
「……何で、もッと早く、云わなかッたのだよ……! ずッと、ずッと不安で、だから、早く、私に声を掛けて呉れさえ……其れさえ……ッ、で、何で、中也なの……答えて呉れ……」
ベッドに横たえられ、徐々に冷たく成って行く中也の手を握るだけでは、勘違いのような気がして、震え上がる体を制御するのでやっとだった。感情と比例し、視界に靄が掛る。頬に冷たい感触がして、其れすらも、今の私には如何でも良かった。もう、私には何も残ってやしない。伽藍洞だ。
「中也が居たからね、私は生きて居られた。呼吸をして居られた。中也みたいな存在が大好きだッた。傍に居て、何時も抱き締めて欲しかッた。……何なら此の儘、行方を眩ませたい程だッたから……ねェ、中也。……中也はね、私の何が其処迄失格だッたのだい?」
答えなどない、と云わんばかりに、今頃、脳に反響する電子音。周りの喧騒。医師の声。自覚迄に相当な時間を要した。医師の無機質な声が、頭上から降って来た。鼓膜を通じて流れ込んで来た情報に私は息を呑んだ。
「――御臨終です」
目くらましに似た、直接的な其れに。私は計り知れない程の苦しみを感じた。
結局、私の此の掌は、中也の最期の汚濁は、無効化なんてないのかと思って仕舞うと、圧倒的な虚無感に脳が支配された。苦しかった。心に大きなしこりを残した儘、私は中也を抱き留めた。理由なんて何処にもなかった。こうするしか、なかったのだ。
「…………中也、ばいばい。……許されるなら、好き合いたかッたよ。……ごめンね、中也」
絞り出した声は冷たかった。まるで、あの頃と同じように――
殺したっていいじゃないか キミが嫌うアタシなんて 「それでも好き…。」とか(笑)
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